ヘンリープール シニアカッター
トム・ペンドリー氏 インタビュー(2023年4月)

2023年4月、本年から日本を担当することになるトム・ペンドリー氏がトランクショーで来日しました。2013年から日本を担当していたアレックス・クック氏がロンドンでの業務に専念することなり、アレックスが後任として指名したカッターが、トム・ペンドリー氏です。
アレックスを引き継ぐトムに、お話を聞きました。5000字ロングインタビュー、お楽しみください。


Tom Pendry(トム・ペンドリー)
ヘンリープール
ダイレクター、シニアカッター

アートカレッジ卒業後、ヘンリープールでのアプレンティスを経て2010年に入社。2015年からカッターを担当。フィリップ・パーカー、アラン・アレクサンダーに学んだ生粋のヘンリープール・カッターです。ヨーロッパ、米国、アジアのトランクショーを担当しています。


━━カッターになったいきさつを教えてください。

15年くらい前にファッションカレッジでソーイングを学んでいたのですが、たまたまヘンリープールのインターンシップに応募しました。経験を積むというインターンシップで他のカッターの人と一緒に仕事を習うという機会だったんです。ちょうど一人のカッターがヘンリープールを退職することになるタイミングでした。新しいカッターを外部から探してくるか、いまトレーニングしている若者を育てていくか、という話になり、結果的に、若い見習を育てていこうということになって、私を選んでもらえることになりました。

━━なぜヘンリープールに応募しようと思ったのですか。

学校の先生がヘンリープールと懇意にしていて、ヘンリープールもインターンシップや見習いを受け入れる仕組みになっていました。誰かいい人はいるかなと、その先生にヘンリープールが声を掛けたところ、私を推薦してくれたんです。私自身から見習い先を探したというよりは、ヘンリープールが見習いを探していて、私が行けることになったという流れです。アンガス(Angus Cundey)とフィリップ(Philip Parker)に面接をしてもらい、そこでやってみましょうかということになりました。

実はインターンシップ以前に、ヘンリープールのワークエクスペリエンスでソーイングを体験していて、私のことを知ってくれていました。そういうこともあって、インターンシップとして私を採用しようと決めてくれたんです。

元々はジャケットメーカー(*)になりたかったんです。地下のワークショップでは、ネクタイしなくてもいいし、身軽だなと(笑) ただ、たまたま空きがあったのがカッティングルームだったので、そこで経験を積ませていただくことになりました。
*註:ジャケットメーカー:ジャケットの縫製を担当する専門技術職人。

━━ジャケットメーカーをやりたいという気持ちは今もありますか?

今でも出来ます(笑)。ただ、私が縫うスピードはゆっくりです。ジャケットも縫えて、カッティングも出来て、ということを経験してきた今思うのは、カッターはとても魅力ある仕事だということです。カッターは自分で全体をコントロールします。自分からものを作り出します。ジャケットメーカーは指示通りのものを作ることが仕事です。上手くいかなかったりミスがあったとしても、ジャケットメーカーにとっては自分のせいではなく、指示が原因ということでカッターの責任になります。指示通りの仕事よりも、ジャケットだけにとどまらず、ジャケットやトラウザースやウェイストコートなど、全部が仕上がってきて、お客様を喜ばせるということ。お客様と直接会って話をして、お客様の要望に応える。そういった全体の過程が自分のコントロールで出来るということが、とても魅力的です。
私にとっては、フィリップがカッターのボスですが、現在フィリップは週に2日しか出社していませんし、アレックスはこれからあまり来られなくなるでしょう。サイモンはマネージングダイレクターですが、今のチームの中での私のポジションとしては、サイモンの片腕になっていると自負しています。そういう意味でも、仕事に対してとても情熱を込めて向き合っています。

━━初出勤の時を覚えていますか。

正式に社員となったのは2010年3月ですが、ワークエクスペリエンスやインターンシップの経験を経て社員となっているので、気がついたら自分の居場所があった、という感覚です。初日の気持ち、という記憶はないんです(笑)。
それでも、アンガスとフィリップに面接をしてもらった日のことはよく覚えています。とりわけ感銘を受けたのがフィリップです。フィリップは私のボスですが、とても有能で仕事が早く、私に『君が成長することを期待してるよ』と伝えてくれた人です。
基本的には、私たちのようなクラフツマンの仕事というものは、15歳や16歳の頃から見習いとして入ってトレーニングしていくということが、今までの一般的な流れでした。最近はそういう流れに限定されず、大学や専門学校を出てからとか、たとえば22歳からという状況も多いのですが、やはり元々は15歳や16歳から見習いになる、という世界です。私はそれを承知していて、見習いを始めた時は26歳で、遅いスタートでした。ただ、26歳の自分は15歳や16歳の見習いと同じだと自覚して、その年頃の人たちと同じ姿勢で学ぶことが出来たと思っています。
大学を出た22歳から始める人は、知識も技術もあって始めるという人たちも多くいます。ただ、実際の社会で電球の交換すら出来なかったり、そういう人たちもいますので、私の考えでは、クラフツマンとしてはできるだけ早くこの世界に入って仕事を始めるのが良いのではないかと思っています。

━━ヘンリープールの正社員になって初めて携わった仕事はなんでしょうか。

まず初めは、カッターのアシスタントというアンダーカッターとして、必要な分量の生地を切ったり、必要な数量を調べてカンバスやボタンなどの素材を集め、テイラー(*)にきちんと渡すという仕事でした。そして、スタッフの皆が気持ちよく働けるようにオーガナイズすることです。みんな多忙ですし、お客様とのアポイントもかかえているので、ご予約の時間までに生地を用意するなどが重要な仕事でした。時にはカッターのお茶を入れることも大切な仕事ですね。何でもやりました。
*註:テイラー:縫製を担当する専門技術職人。

━━アンダーカッターからカッターになった状況を教えてください。

まずフィリップとアラン(Alan Alexander)に就いて仕事を始めました。やがて、お客様からオーダーを頂いて採寸して、型紙を起こして、全ての工程のオーガナイズを任せてもらい、「そのお客様を君にお任せするよ」と言ってもらえたとき、それがカッターになった時といえるでしょう。言うなれば、アランは私のマスターで、フィリップはボスです。マスターはトレーニングしてくれる人ですね。

実際に一緒に仕事をしたのはアランです。アランがジャケットを作って、トラウザースは私にやってみてと言われ、採寸と裁断を担当させてもらえました。そして、次はウェイストコートもやってみてと言われ、最終的にはすべてを私に、という流れになっていきました。ただ、そうやって仕事をしている最中でも、横でアランが立って私の仕事をチェックしているという状況では、ジャケット内側のラベルにはアランの名前が記載されます。その段階は、まだ私の担当するお客様ということにはなりません。

そういう状況が積み重なって、やがて自分ひとりで担当するようになると、ジュニアカッターになります。そうして、そのようなジュニアカッターを何人かまとめてマネージして仕事するようになると、カッターとなり、カッターを束ねて仕事をするようになると、シニアカッターとなります。そうなれば、自分に専属の見習いもつくことになります。つまり、カッターには、ジュニアカッターとシニアカッターがいるということになります。
ただ、シニアカッターという語は、なんだかスゴイ人みたいな印象がありますので、私はシニアカッターという立場ではありますが、自分自身としては、あくまでカッターだと思っています。責任の重さでシニアカッターという立場や区分はありますが、ジュニアカッターも、シニアカッターも、カッターだと考えています。

━━海外のトランクショーに初めて従事した時のことを教えてください。

2014年だったと思いますが、アランのアシスタントをしていた時に、フランスのパリに行ったのが最初です。アランが腰を痛めて動けなかったので、荷物を運んで、アランの指示のもとでお客様に着せ付けして採寸しました。
2015年からはひとりで行くようになりました。緊張したというよりは、ワクワクしたという気持ちでした。基本的には、ロンドンでやっている仕事と同じ仕事をしますので、場所が外国であるというだけです。特に緊張したということはありません。
私が新たに受け持ったお客様は良いとしても、アランやフィリップは1970年代からパリでトランクショーをしてきているので、30年や40年も彼らが担当してきたお客様を引き継ぐのは確かに緊張しました。しかも、まだ学びの最中であるという自覚が強くあったので、自信を持って「任せてください」という気持ちにはなかなかなれませんでした。ロンドンなら、フィッティングルームの扉を開けて「フィリップ、アラン、ちょっと見てもらえますか!?」などの声をかけて呼ぶことも出来ますが、外国ではフィリップもアランもいません。そういう緊張感はありました。

━━ヘンリープールの良さとはなんでしょうか。

ヘンリープールはそもそも口コミで成り立ってきています。特別な広告を打ったり大々的なマーケティングをしているわけではないですが、ひとりのお客様がヘンリープールを着ていて、友人たちから「そのスーツはどこで買ったの?」と聞かれて「ヘンリープールだよ」と、そういうとてもシンプルな口コミです。そんなことを200年以上にわたって誠実に続けてきたことで、ヘリテージや伝統が生まれ、受け継がれる評価が出来上がったと思います。それを守り続けることがヘンリープール良さだと思います。
お客様に対して、おひとりおひとりに手を抜かず、この1着が誰かを魅了すると思って世に出します。そのようなことを続けてきたことが、いまのヘンリープールを作っていると思います。もちろん、英国製であり、ロンドンのサヴィル・ロウで手作りされていることや、ロイヤルワラントを頂いていることも大きなことで、ヘンリープールの良さだと思います。たとえば、実際に米国のお客様は、王室御用達ということに敏感です。また、今もリヴェリー(御者の制服)も作っていますし、チャールズ国王の戴冠式にも多く関わっていますので、そういう部分もヘンリープールが評価されているポイントではあると思います。そのうえで、なによりも1着1着に丹精を込めて作って世に送り出し、お客様に伝わってきたということが、ヘンリープールの価値を作ったと思います。

━━前任のアレックスは2013年から10年間日本を担当しました。2023年から、日本担当としてアレックスを引き続きます。日本のお客様にメッセージをお願いします。

アレックスが私を選んでくれたということを、ぜひ知っていただきたく思います。アレックスが担当したお客様の型紙は、アレックスが作ったものです。私は、これからもその型紙を使っていきます。型紙が変わるわけではありません。もちろん、今後お客様の体型が変化されるなどすれば、引き継ぐ私が型紙に手を加えますが、あくまでも元はアレックスの型紙ですので、ご安心頂きたく思っています。そのアレックスが、引き継ぐ担当として私を選んでくれたということなのです。
アレックスをトレーニングしたカッターと同じ人たちに私もトレーニングを受けました。ですので、これからもアレックスが作り続けてきた品質を継続していけるとお約束いたします。これまでオーダーをいただいているお客様にも、これからオーダーを新たにいただくお客様にも、お会い出来ることを楽しみにしております。

新しいオーダーではなくても、これまで仕立ててくださったスーツを着て、ぜひトランクショーにお越しください。フィットしているかどうか、スーツの具合はどうか、など、なんなりとお話をお聞かせいただきたく思っています。

米国では、ご自身が着ているスーツを友人に勧める傾向があり、多くのご友人たちをトランクショーに連れてこられ、「彼が僕を担当してくれているテーラーだよ」と紹介してくだることが多いです。ヨーロッパでは逆に、ご自身のプライバシーを守ろうとする傾向を感じますので、友人にテーラーを気軽に紹介されることは少ないように思います。
いろいろな文化がありますが、日本のお客さまには、ヘンリープールの敷居が高いと意識することなく、またオーダーされたことがなくても、ぜひトランクショーにご来場いただき、雰囲気やオーダーの内容を感じて頂ければうれしいです。




インタビュー:
2023年4月22日 東京にて
(c) 2023 Hnery Poole & Co. All Right Reserved.

▲BACK