ヘンリープール・シニアカッター
フィリップ・パーカー氏インタビュー(2010年10月)

2010年10月23日、来日中のフィリップ・パーカーさんにお話を伺いました。2009年に続いて2回目のインタビュー。今回は、より詳細なお話をお聞きできました。

※前回のインタビューはこちらからお読みいただけます。


Philip Parker(フィリップ・パーカー)
ヘンリープール社
シニアカッター、ヴァイスチェアマンを経て、現在コンサルタント。

1963年にサヴィル・ロウのテーラー『サリヴァン・ウーリー』入社。1980年、ヘンリープール社との合併に伴って移籍し、現在に至ります。経験48年のベテラン職人。後進の指導にあたりながら、今もなお現役として世界を飛び回り、サヴィル・ロウ・ビスポークの発展に尽力しています。温厚でユーモア溢れる人柄。世界の顧客から厚い信頼を得ています。


●日本でのトランクショーについて

日本では年に2回、ホテルーオークラの特設ルームで本場サヴィル・ロウとまったく同じビスポークを実施しています。初めてトランクショーにいらっしゃるお客様へのアドバイスをお聞きしました。


――初めてのトランクショーでは、お客様はどういう準備をすればよろしいですか?

パーカー:初めてのお客様のほとんどは、実はヘンリープールのスタイルをご存じなんです。ヘンリープールがどういうテーラーか、サヴィル・ロウとはどういう場所かとご理解の上、ヘンリープールの仕事を素晴らしいと思ってくださった上で来てくださるお客様が多いのです。
そういうことなので、特定のイメージを持って来られなくてもかまいません。例えばスーツの場合であればシルエットはこういうものですよと私からご説明させていただきます。

細部にわたって、たとえば襟やカフスをこうしてくださいなどのリクエストにはもちろんその都度お応え出来るのですが、ベーシックなものはサヴィル・ロウのシルエットをお見せすることに尽きるので、私がご提案し、お客様が同意された上で進めていっております。
もちろんビスポークなのでお客様からのご注文にはなんなりとお応えしますが、基本はヘンリープールのシルエットを気に入ってくださっているということを前提としてお話をしています。

初めてトランクショーにいらっしゃる時の服装ですが、何を着てくださってもけっこうです。それでも、やはりシャツと靴は必要です。ご希望がスーツなら、普段スーツを着るときに身につけるシャツと靴、靴は出来れば革靴が望ましいです。そこだけは気を付けていただければと思います。
Tシャツでランニング途中にいらっしゃっても大丈夫ですが、シャツは持ってきてください、と申し上げています(笑)

――最初にお話を始める時の順序を教えてください。

パーカー:まず春夏もの・秋冬もの、スーツかスポーツジャケットかをお聞きし、そのあと生地を選んでいただきます。次にすぐ採寸します。また、サヴィル・ロウで服を仕立てたことがあるかどうかをお伺いします。

――それはヘンリープールにかかわらず、ということですか?

パーカー:はい。ヘンリープールに限らず、サヴィル・ロウでつくったことがあるかどうかで、英国のビスポークがなんたるものかをご存じかどうか分かります。そこでご存じないという方だったら、ショルダーのフィロソフィーや、胸に使う素材のご説明、ドレープが生まれる仕組みなど、詳しくご説明しながら採寸します。
過去にサヴィル・ロウで作ったことがあるという場合、そういうご説明は省き、細かいディティールに移って最後にスタイルを決めていきます。

――お客様の生活習慣によって対処を変えますか?

パーカー:たとえば体重の変化という面ですと、極端なことはないと仮定してですが、だいたい2〜2.5インチのゆとりを持たせてあるので、太っても痩せても修復は出来ますし、そこはご安心下さいとお伝えします。
もし、ものすごく体重の変化があるとおっしゃる、あるいは痩せるつもりがある、などの場合は、最初におっしゃっていただきたいと思います。たとえおっしゃっていただかなくても、余裕を持たせて修理することを前提に作ってあるので、対応していくことは十分に可能であると思っていただきたいです。
それから、日常的に座りっぱなしが多いお客様には、トラウザースに余裕を持たせた方がいいかなという風に考えます。トラウザースの太さがシルエット的にタイトであるかどうか、ということよりも、快適であることが大事なのです。タイトにするんじゃなくてフィットさせること、という部分で気を付けて作っています。
面白いことに、若いお客様は多少自分の中でフィットしていなくても、タイトすぎるかもしれなくても、そこはあまり気にされないんですが、やはりお年をめしていって長く着ると、自分が十年前に買ったものを次の十年で着る時に、タイトであることがすごく気になってくるようです。
作る時には、タイトなものよりフィットするものを作るように心がけています。歩くことにも座ることにも快適に感じられるようにフィットさせるのが私たちの仕事です。

――お手入れについてどのようなお話をされますか?

パーカー:まずお伝えることは、頻繁にクリーニングには出さないでください、ということです。クリーニングに出すことで生地が傷んでしまいます。これだけの高価な服を、まさか毎日着ないでしょうし、いくつかのワードローブの一つとして週に何回とか月に何回とかいう形で着て行かれると思うので。
何かこぼしてしまったとかでクリーニングに出す以外は、年に1回ぐらいでいいと思います。その場合、出来るだけ良いクリーニング屋さんを見つけてください。
しわがよったら布をあてた上でプレスをする、蒸気をかけるといったことで普段は済ませていただきたいです。
何かあった、生地にダメージが出来たとかいう時、慌てて洗剤でこするとかご自分の判断で何かをやってしまうとダメージを広げるだけなので、是非ロンドンのヘンリープールにお戻しください。なんとかして修理しますので。


●英国本店でのビスポークビジネス

パーカーさんは、通常はサヴィル・ロウ本店のシニアカッターとして、またマネージングディレクターとして活躍されています。ビスポークをビジネス面からとらえた興味深いお話をお聞きできました。


パーカー:ヘンリープールは100%ビスポークです。そして、ヘンリープールとそれ以外のテーラーと、どちらが秀でているという考え方はしません。どちらがお客様にとって快適であるのかその判断はお客様にゆだねるしかないので、私たちはその時々のザ・ベストを尽くすだけです。
日本に来る前に本店のスタッフに伝えてきたことは、とにかく日本に送るものに関しては細部にわたったところの完璧さを求めるように、と。ボタンホールであるとか仕上げの部分を日本の顧客がすごく注目しているところを私は注意しているので、完璧な状態で送る指示をしています。
ヘンリープールのスタイリングには自信を持っています。でも日本の技術に負けないようなフィニッシングをして手渡しすることはすごく大事にしています。

アメリカ人のお客様に言われたのですが、あなたの売り方はすごく好きだ、と。ポイントはネガティブセーリングらしいですね。積極的に売らない、ということです。これだけの品物なので欲しい人は必ず買うし、いらない人は買わない。ただ、悩んでいる人にはアドバイスをスッとする。決してお客様の後に付いたり、無理にすすめたりしないと。
いつも来ていただいている方でどちらか迷われていたら、両方おすすめしますが、初めてのお客様には基本的にネガティブセーリングをします。接客ですから、低姿勢できちんとした対応は必要ですが、この人買わないなと思ったら、そこはスッと引いてあげるんです。そうしたらいったん店を出ますが、また戻ってこられます。
接客とは結局のところ経験値なのでうまく説明しにくいですが、私が培ってきた経験値でお客様の心をつかめたかどうかは分かります。つかんでいる、お互い意志の疎通が出来ているなと分かったらその人は買うし、出来ていない人は買わないということですね。そこの経験値が大事です。

私が一番困るお客様は、例えばギーブス・アンド・ホークスのスーツを着てきて、「このスーツ、ギーブス・アンド・ホークスのなんだけど、どう思う?」と答えを強要される方。私は他社の製品の批判は絶対にしないのです。常に他社のものと比較してよりよいものを作ろうとするけれど、あれが悪いこれが悪いという批判は絶対にしません。ただ、年配の方の意見を求められるお客様もいらっしゃるし、若い方のアドバイスを求められる方もいらっしゃるので一概には言えませんが。
とにかくお客様が何を求めていらっしゃるかを察知して、優しく丁寧に接すると言うことです。最後に大事なのは、奥様とか彼女、秘書の方、女性を連れてこられた場合には基本、女性に気に入られるようにすること、そうするのが勝因です。

もし自分が不在の時に顧客が来られた場合、もちろん他の者が担当に付くわけで担当がいないんだったらいいわ、ということにならないようにちゃんとケアするのですが、その後のフォローが大切です。
必ず自分の顧客を他の人に任せきりにしないことです。それは、自分の顧客だから他の人にさわらせないという意味ではなくて、自分が最後までその顧客と関わること、それでお客様ご自身が、自分が大事にされているかが伝わるので、まずそういう風にすることが大事だと思っております。気持ちの上のゲームですね。


●フィッティングについて

トランクショーでは、フィッティング(仮縫い)を2回実施しています。仮縫いの精度が着心地やスタイリングに大きな影響を与えています。フィッティングはカッターの仕事の中でもとりわけ重要です。パーカーさんにフィッティングのお話を伺いました。


パーカー:1回目のフィッティングの時に詳細を決めて、シェイプを決めて、2回目のフィッティングの最終段階で仕上げに入ります。万がいち、お客様からクレームがありそうだなと予測出来る場合は、後ろは縫いつけ合わせないでおいて余裕を持たせた仕上がりにしておいて、後からばらすことも可能にしておきます。

フィッティングでは、全体のバランスを見ます。美的な部分だけ見ていても分かりませんので、全体を見ることです。まず首まわり、肩、という風に下がっていきます。途中でお客様からお話があったり、お連れの女性が茶々をいれたりして、言ってることが分からなくなったら、必ず首に戻るということが大切です。チェックし忘れることがあるので必ず首に戻るんです。

例えば前屈みのお客様だったら、ジャケットを少し後ろにした形に仕上げないといけないし、逆ならまたそのように。日本人のお客様のほうが英国人より体を後ろに倒した形でまっすぐに立たれる方が多いそうですね。その場合だと少し前に落とす形になります。ただし、それには注意が必要です。もし背中が反っている為に前に落とす場合は、アームホールを広げなくてはいけなくなるんですが、それはシェイプを変えてしまうので絶対に注意しないといけない。それをしないような形でどう落とすか。その解決方法は前を長くするのではなくて、後ろを少し背中の部分を生地をつまんだ形にし、後ろを短くすることで前を長くするという方法でアームホールを今のままの状態で保てます。

生地がチェック柄じゃない場合は自由自在に出来るんですけど、もしチェック柄だと横の柄を合わせているので、どこで調節するかというと、肩の部分になります。背中ですが、ドレープが出ることでウエストにきれいなシェイプを与えます。前身頃のドレープがキレイであるかチェックして、シェイプを深くする場合もあります。

胸板のところにカンバスを内蔵しています。これでドレープが生まれています。ヘンリープールを着たことがない方は違和感というか、これは何?という風に考えられると思うんですけれど。これがないとものすごく胸板がフラットになってしまいます。ここのストラクチャーはヘンリープールらしさとして入っているものです。
ドレープには2つの理由があります。1つ目はここの中にストラクチャーが入ることでウエストのシェイプとか全体のドレープがきれいに出ます。2つ目はお財布などを入れた時にも、お財布が入っていることが見た目に分からないぐらいのカンバスになってます。

フィッティングの際、テーラー(縫う担当のスタッフ)とのやりとりにミスがないように準備することが大切です。
最初のフィッティングの時に、腕を自然に垂らした時の線をボディに付けておきます。テーラーが分かるようにしておくのです。お客様の体型によって様々ですから、最初のフィッティングの時に気を付けて定位置をきちんと定めてあげます。
丈の長さが長いか短いか、どうしても近くから見ると上から下をみてしまうので、少し距離をあけたところからバランスをみることが大切です。

フィッティングで大事なのは、何か問題があった場合、それはパターンのカッティングの問題なのか、フィッティングの時に見落とした点なのか、それともカッターの指示通りにテーラリングがされてないというところが問題なのか、という見極めです。2回目のフィッティングでその問題点を見極めなくてはいけません。そういう意味でもテーラリングの知識がないときちんとしたフィッティングは出来ません。




インタビュー:株式会社チクマ ヘンリープール事務局
2010年10月23日 東京にて
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